ブラームス 3つの間奏曲(インテルメッツォ)の魅力と私のおすすめ名盤

クラシック音楽

 この3つの間奏曲(インテルメッツォ)はブラームスの晩年である1892年の夏に
オーストリアの避暑地であるバード・イシュルで作曲されたと言われています。
 ブラームスはこの間奏曲を「自分の苦悩の子守唄」と呼んだと言われており、
1曲から3曲の3曲からなり、特に第1曲は、もっとよく表現されています。
 今回は、このブラームスが晩年(59歳)に作曲した3つの間奏曲を
紹介いたします。

作曲家ブラームスとは

ヨハネス・ブラームス(1833ー1897)  享年63歳
 1833年にドイツ・ハンブルグに生まれ、バッハ、ベートーヴェンとともに
ドイツの「3大B」と呼ばれています。
 父親は音楽家でありましたが家庭は非常に貧しく、ブラームスは家計を助けようと
ダンスホールにてピアニストとして生計をたてていたそうです。
 性格は「人嫌い」、「偏屈」など孤独であったようです。
 そのようなとき転機があったのは20歳の時に「シューマン」との出会いであり、
そのときのシューマンはブラームスのことを「この若者には何も足すべきところも、
何も引くべきところもない」と才能を絶賛したのでした。

第1曲 変ホ長調

 ドイツ・ロマン派の詩人ヘルダーの編した詩集「諸民族の声」の中の子守歌の冒頭が、
引用されており、元来は、スコットランドの子守歌であり、「アン・ボスウェル夫人の嘆きの歌」という題で呼ばれていたそうです。
 ブラームスらしく子守歌でありながら、なぜか物悲しい旋律です。

第2曲 変ロ短調

 ブラームスの晩年の寂しさがよく表れている旋律です。
 演奏面では、ソナタ形式をとっており、難曲と言われています。

第3曲 嬰ハ短調

 この作品の3曲の中で、もっとも暗く、不安を感じさせる旋律です。
 ブラームスの親しい友人であったオーストリアの音楽評論家カルベックによれば
ブラームスが気に入った詩を書きとめていたノートにある詩人ヘルダーの
「スコットランドの詩」の「おお悲しいかな、谷底に」がこの第3曲のモットーに
なっていると言っています。

私のおすすめ名盤

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まとめ

 ブラームスの3つの間奏曲はいずれもブラームスの晩年に作曲され、
それぞれの作品にはブラームスが歩んできた人生そのものが詰まっていると思います。
 是非、お聴きいただき、ブラームスらしい旋律お楽しみください。

 尚、私は専門家ではありませんので、あくまでも個人の意見として紹介をさせて
いただきました。
 一人でもブラームスの愛聴者が増えれば嬉しいです。

参考文献 新保裕司氏 ブラームス ヴァリエーション 2023年
     吉田秀和氏 ブラームス 河出文庫 2019年
     三枝成彰氏 大作曲家の履歴書(下) 中央文庫 2012年
     吉田秀和氏 ブラームスの音楽と生涯 音楽之友社 2000年10月5日
     神保璟一郎氏 クラシック音楽鑑賞辞典 講談社学術文庫 1994年
     ブラームス 名曲解説ライブラリー⑦ 音楽之友社 1993年
     

<この記事を書いた人>
 学生時代から40年以上クラシック音楽をこよなく愛するシニアで、
特に好きな作曲家はブラームスとショパンです。

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